sora.Fのブログ

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夢と希望に満ちた人生初アルバイトが “地獄工場” だった僕の体験談をここに記します

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これは僕の初バイトの話である。
 
 


2017年3月。僕は大学受験の合格発表を控え、緊張が極限にまで達していた。本を読んでも全く頭に入らない。ご飯を食べても味がしない。布団に入っても眠れない。中枢神経に麻酔でも打たれたかのごとく、何も感じない
 
 
こんな状態では何をしても無意味だと感じた僕は、単発派遣バイトを探すことにした。生産性のない時間を過ごすのなら、せめて賃金を獲得できる方がマシだろう。さっそく僕は「派遣 バイト」というMSW(めっちゃシンプルなワード)で検索し、最上位に出てきた派遣会社に登録した。募集一覧から希望の仕事を2、3個選んで会社に連絡すると、翌日に朝9時から夜6時まで惣菜工場で労働することが決まった。仕事内容は何も記されていない。大阪の惣菜工場での勤務。情報はそれだけだった
 
 
 
 
 
翌日。
 
 
工場前に到着した。派遣は僕以外に主婦が4人の、計5人だった。私たちは案内係に誘導され、男女に分かれて更衣室に入る。衛生服に着替えたのち、案内されたのは、室温が0℃に保たれた冷蔵倉庫の中だった
 
 

 


 
寒い。寒すぎる。控えめに言っても、寒すぎる
 


衛生服の下にヒートテックを1枚着ただけの人間が0℃の室内に放り込まれたら、それはもうシンプルにワロタである。ワロタ/ワロチ/ワロツ/ワロテ/ワロテ。ワロタ五段活用である。「フフフ……サスケ君…引くほど寒いわね……」と思わず口調がワロチ丸である
 
 


工場前ではおしゃべりに興じていた主婦一同もこれには思わず絶句。“無”の感情で、ここではないどこかを見つめ、静止している。その佇まいは、もはやモアイ像のそれである。4体の白い女モアイ像が、大阪の惣菜工場で、屹立している
 
 
 
 
 
不安に満ちた静寂を切り裂くように、案内係が口を開いた
 
 
「さて、みなさんはここで9時間、ビビンバ丼を作っていただきます。」
 
 
 

 

 

 

 


 
 
 
 
 
 
「さて、みなさんはここで9時間、ビビンバ丼を作っていただきます。」?
 
 

 

 


 
 
 
 


 
 
 
 
んえ?
 
 
 
 
 
コンプライアンスに関して非常に厳しい現代社会でのこの発言。裁判を起こせば100%アウトである。即アウト。裁判官満場一致のアウト。一体感で裁判官にちょっとした絆が生まれるぐらいのアウト
 
 

 


なのに何で堂々としてんだよ。絶対に「さて、みなさんはここで9時間、ビビンバ丼を作っていただきます。」じゃあないだろう。惣菜工場の案内係ごときが密室殺人ゲーム主催者の言い方をするな

 

 


正しくは、「法律に違反している旨、汚穢のような弊社も重々承知しており大変恐縮ではございますが、宜しければビビンバ丼をお作りあそばせ頂きたく存じます。眠気あそばせましたらいつでもご自由に大殿籠りくださいませ。退屈あそばせましたらいつでもご自由にお帰りくださいませ。お帰りの際は叙々苑の焼肉弁当をお持ちくださいませ。」だろうが
 
 

 

もう、あまりにも堂々としているので「あれ?労働基準法って何でしたっけ?」とこちら側が考え直してしまう。条文の下に小さな文字で『*1 大阪の惣菜工場は除く』って注意書き、ありましたっけ?
 
 
 
 

 

 


そんな派遣アルバイトの心情などつゆ知らず、工場案内人が続けて言う
 
「これから、役割を決めます」
 
 

 

 


法律の適用対象にならない人間はもう無敵である。スネにプロテクターを着けた弁慶であり、毎日出勤のジェイソンであり、顔面に撥水加工したアンパンマンである。例外なく、バイオ兵器である。倫理観などお構いなく、様々な役職を無邪気に割り振っていく
 


ご飯を盛る係、肉を盛る係、豆もやしを盛る、ほうれん草を盛る係………

列の最後尾にいた僕の担当は、ビビンバ丼の最終工程、 “温玉を落とす係”になった。全ての具材を載せた後、一番上、トップオブビビンバ丼に温玉を載せるのである
 
 

 

 


0℃の倉庫の中で温玉を8時間載せ続ける単純労働

 


字面は21世紀最底辺の労働だが、やってみると案外悪くない

 

ベルトコンベアを流れてくる未完成のビビンバ丼に、温玉をいかに見栄えよく載せるか

 


卵の重心や、具材の位置関係を分析しながら、最適な落下点を探る。マリオパーティミニゲームみたいで、意外と楽しいのである。僕は単純労働を、単純に楽しんでいた
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 
 
 


 
どれくらい時間が経っただろうか
 
いかに精妙に温玉を載せるかという情熱は、最初の30分で飽和点に達していた


あとはただ、動作の反復である
 


単純労働なので、トラブルも面白い出来事もない。ただ温玉を載せるだけ。間違いなく21世紀最底辺の労働である。一番最初にAIに取って代わられる職業である
 
 

 


そう言えば、主婦たちは大丈夫だろうか、とベルトコンベアの前方に目を向ける
 
 
彼女たちは無表情のまま、ただ、自分の役割を全うしていた

 

歯車。完全に資本主義の歯車である。資本主義の歯車モアイが載せたビビンバの上に、僕は温玉を落としていた

 

もし仮に、ビビンバ丼に「生産者の顔」を公開するシステムを適用した場合、「ベルトコンベアに沿って並立する4体のモアイ」という、ほとんど悪質なコラ画像が世間様に開示されることになるだろう。上層部は肝に銘じておくべきだ。というか、あらゆる工場で生産されている惣菜全てにモアイ像シールが貼付されることになる。こうなるともう壮大な悪ふざけである

 

 

 

 

 

 

 

 

もはや、俺が温玉を載せているのか、温玉が俺を載せているのか分からなくなってきた。俺on玉なのか、それとも玉on俺なのか

 

 

 

いや、そもそも、惣菜工場の時間軸が温玉なのではないか?「ネコの5歳は人間で言う36歳」みたいに、ここでは温玉の時間が流れているのではないか?朝9時-夜6時は温玉基準の時間であって、人間で言う朝9時-200年後の夜6時なのではないか?

 

もしそうだとすれば、俺はここで絶息することになるだろう。不本意だが、人間時間という先入観を持っていた己の過失である。棺桶には、ご飯、肉、豆もやし、ほうれん草、そして温玉を入れてくれ。火葬した時には熱々の棺焼きビビンバが完成しているだろう

 

 

 

 

 

いやいや、もう逆に万物が温玉なのではないか。細胞も実は全て温玉で、太陽も、ウルトラにバカでかいただの黄身なのではないか。世界は俺たちを中心に回っているのではなく、温玉を中心に回っているのではないか。いくら考えても分からない。しかし、それでもベルトコンベアは回っている

 

 

 

 

 

 

 

 


 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 


気が付けば、退勤の時間になっていた
 
 


何も考えず、何も感じずに働いていたので、どうやら時間感覚も狂ったらしい。応答していないWindowsのような気分だったが、激しい頭痛のおかげで、辛うじて生きている実感だけはある
 

 


僕は思考停止したまま、何とか服を着替え、工場を脱出した。それはもう客観的に見れば“脱獄”だった。プリズンブレイクだった
 
 


 
18:30まで働いていたが、18:00でタイムカードを切られていた。休憩なんて無かったが、「1時間休憩」と記載されていた。しかし、そんなことはもうどうでもよかった。早く逃げたい。一刻も早く、“ビビンバ丼”という概念を忘却したい
 
 
 

 

 


 
ようやく自宅に到着し、意識が朦朧とする中、ベッドに倒れ込む

 

 

 
今は、今は何時なんだ
猛烈な頭痛に襲われながら何とか携帯を見ると、デジタル時計は21時を示していた
 

 


1時間で帰宅出来るはずなのに、2時間が経過していた。どこでタイムロスしたのか、全く思い出せないし、思い出したくもない
 
 
 
画面をぼんやり眺めていると、一通のメールが届いた
 
 
 
 
 

 

 


 
 
「ご無沙汰しております。株式会社○○です。福山様ご希望のお仕事に空きが出ましたので、明日、3月8日の勤務お願い致します。お仕事の情報は以下の通りです。
 
 
 
 
 
 
 


時給:990円
時間:9時-18時
勤務場所: 〇〇惣菜工場大阪センター」
 
 
 
 

 

 

 

 


これ以降の記憶がない